銀座の恋の物語/歌詞/石原裕次郎/牧村旬子

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銀座の恋の物語/石原裕次郎/牧村旬子/歌詞

心の底まで しびれるような
 吐息が切ない ささやきだから
  泪が思わず わいてきて
   泣きたくなるのさ この俺も
    東京で一つ 銀座で一つ
     若い二人が 初めて逢った
      真実の恋の物語り

誰にも内緒で しまっておいた
 大事な女の 真心だけど
  貴男のためなら 何もかも
   くれると云う娘の いじらしさ
    東京で一つ 銀座で一つ
     若い二人の 命をかけた
      真実の恋の物語り

やさしく抱かれて 瞼をとじて
 サックスの嘆きを 聴こうじゃないか
  灯りが消えても このままで
   嵐が来たって 離さない
    東京で一つ 銀座で一つ
     若い二人が 誓った夜の
      真実の恋の物語り

作詞: 大高ひさお
作曲: 鏑木 創
唄: 石原裕次郎&牧村旬子

石原 裕次郎の人気曲:
1.銀座の恋の物語
2.二人の世界
3.赤いハンカチ
4.夜霧よ今夜も有難う
5.俺は待ってるぜ6.狂った果実
7.錆びたナイフ
8.俺はお前に弱いんだ
9.夜霧の慕情
10.ブランデーグラス

石原 裕次郎wiki:
石原 裕次郎(いしはら ゆうじろう、1934年12月28日 - 1987年7月17日)は、日本の俳優・歌手、石原軍団初代総帥、石原プロモーション創始者。永遠の大スター(日本人が最も愛した男)と称されることがある。担当マネージャーは関町進。

石原裕次郎:エピソード
終生、酒とたばこを愛し、また大変な偏食で野菜はいっさい受け付けず、ビフテキを主食にしていたといわれるほどであった。[要出典]しかし、プライベートでは懐石料理なども食し、料理好きでバーベキューや手弁当を楽しむ一面もあった。
「身長182センチ・体重75キログラム・股下90センチ」と、日本人離れした大柄な体型であると宣伝されたが、公称身長は疑わしい。兄の石原慎太郎は公式HPで181cmとしており、慎太郎の方が背が高かったのかもしれない。(なお小樽駅の4番ホーム「裕次郎ホーム」には等身大の彼が置かれまさに身長182センチ・体重75キログラム(1978年当時)で見る物を驚かせている。) 。
別荘を山中湖にもち、芦原温泉の定宿で寛ぐ事が晩年多くなった。
レコードが擦り切れるほど山中節を聞いていた。(もちろんジャズも同様であるが)
ガッチャマンは日活版(実際には作らなかった。)(※主役は彼)を想定して作られたとされている。
彼は一度失踪した経験がある。実際はホテル『ブルースカイ』の打ち上げ中急行「銀河」に乗り京都の都ホテルそして神戸のオリエンタルホテルをへて松の家に滞在した。事実、スタッフや関係者が捜索し、多大な心配をかけたといわれている。
1965年にピストル密輸事件で家宅捜索され、拳銃不法所持問題で謝罪する。(主犯格は百瀬博教)
余談だが、三回忌や七回忌、十三回忌などの節目の日や、彼の命日近くになると必ずと言っていいほど雨が降ったことから、森田正光が「裕次郎雨」という単語を季語にすることを提唱し、俳句の募集を行っている。
1981年の手術後、「喉が渇いているので、ポカリスエットが飲みたい。」と筆談で懇願し、売上が急増。大塚製薬からはトラック1台分のポカリスエットが病院に届けられたといわれている。
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